2016年にスタートした、井上慎也氏による工房。
大学で森林生態学を学び、
企業で10年間システム開発に従事した後、
森林に関係する仕事をしようと、木造建築を学ぶ。
森と人の新しい関係をつくる存在となることを
目指しています。

OFFICIAL SITE

INTERVIEW

井上 慎也 Shinya Inoue
― こちらは滋賀県の東近江市箕川町というところですが、井上さんが元々お住まいだった地域なんでしょうか?
いえ、私はこの地域には元々縁もゆかりもありませんでした。
育ちは京都の方で、進学で滋賀県彦根市の大学に来ました。その後、会社員時代を経て、森に関わる仕事がしたいと模索していた時に、この地域の森林組合で勤めていた大学時代の友人から「地域の若い者が集まる飲み会があるから来ないか」と誘われ、初めて足を運んだのが2年前(平成26年)でした。この地域の雰囲気の良さがずっと記憶に残っていて、KUMINOの事業を始める時に、この地域のことを思い出して工房を構えることにしたのです。
― 会社員からおもちゃ作家に転身された経緯は?
大学では森林に関する勉強をしていたのですが、就職はシステム開発会社で、そこでエンジニアをすることになりました。それから10年間システム開発の仕事をしていましたが、森に関わる仕事がしたいという気持ちは心のどこかでずっとくすぶっていました。
森林組合の友人と林業活性化の話をするなかで、木を使う部分が手薄なのではないか、魅力のある木製品が身の回りに増えるような事が大事ではないかと言っていました。自分自身、モノづくりをしたい気持ちもあり、調べたところ滋賀県には大工技術を学べる職業訓練校がありました。思い切って会社を退職してその学校に入校し、そこでの訓練中に KUMINO の原型に出会いました。おもちゃコンサルタント養成講座を受講していたことで、色々なつみ木に対して基礎知識があり、「これはまだ世に無く、世界で広く遊ばれるカタチではないか」との可能性を感じました。結果的に、おもちゃ作家になることになりました。
― KUMINOとは、どんなおもちゃでしょうか。
KUMINOを紹介する時には「木組みの積み木」と説明しています。ピースは柱状で、対称に二箇所の溝があります。この溝を利用してピース同士を組み合わせることができる積み木です。
― 日本の匠の技で、釘を使わないで建造物を作るというものがありますが、そういうところからヒントを得られたのでしょうか。
積み木遊びというと一般的には積み上げて形を作って遊ぶことと思いますが、日本の家は「木を組んで」作るのが一般的な形だと思います。木を組んで構造を作るおもちゃというのが、どうしてないのだろう?という疑問が、KUMINOが生まれるきっかけとなった問いであり、ヒントでした。
― KUMINOは、どういう材で作り始めたのでしょうか。
まずは杉で作り始めました。KUMINO を見ると大ぶり感じがしますが、手に取ると軽く、ほぼ一寸角のサイズは、しっくりなじみます。外形はおおぶりなので、軽い杉がとても合うだろうと考えました。また、杉は日本の固有種で、この地域にしか生育していない樹種です。この素材の良さを引き出すことが出来たら、世界の舞台に出ていける、とも思いました。それに、大工の職業訓練校では杉を一番多く使いましたので、それが大きいですね。そのことで、杉の良さを深く知りましたから。
― KItoTEtoシリーズではKUMINOはヒノキ製です。材料として杉でなくヒノキを選ばれた経緯をお聞かせください。
KUMINO の形に出会った時、杉で作る以外に、様々な素材で制作することも思いつきました。
KUMINO の形は積み木的であり、また柱的です。持つだけでなく、握るとしっくりくる。ブロックとしてだけでなく、棒としても捉えられる。素材の性質を多面的に伝えられる形なのではないかと思っています。様々な素材で作ることで、それぞれの特性が比較できます。
それを知識として伝えるのではなく、遊び手が自分の実感の中で味わえるというのが面白いことだと考えています。
日本の人工林で一番植えられているのは杉で、二番目はヒノキです。ヒノキは分布域が日本と台湾で、やはり、この地域にしか生育していない樹種になります。
杉の次にヒノキで作るのは自然な流れでした。KItoTEtoのお話を頂いたタイミングが、ちょうどヒノキ版を作ろうと考えていた時期だったので、めぐり合わせですね。
― KUMINOの素材として、杉とヒノキの違いをどのように感じていらっしゃいますか。
ヒノキ版を手に取った方は、まず匂いを嗅がれます。杉の香りはちょっとぼんやりとした甘い優しい香りですが、ヒノキの香りは目のさめるような鮮烈な香りです。小さな工房でひのきを加工していると、建屋中がヒノキの香りでいっぱいになります。
また、ヒノキは杉と比べて1割ほど重いので、組む造形をするとずっしりします。ヒノキは、1~2セットを使って、小さくかっちりした造形がキマると思います。たくさん使って大きい造形を作るときは杉の軽さが生きてくると思っています。
自然素材なのでピースごとに重さのばらつきがありますが、杉とヒノキで同じ重さのピースを手にとったとき、手に感じる質感はヒノキのほうが硬いです。杉は優しい柔らかさが好ましく、ヒノキはかっちりとした安心感がありますね。
加工について言うと、ヒノキは杉に比べてかんなは当てやすいですが、切断や溝をつけるときや、面取りでは硬さを感じます。
杉は赤身(芯の方)と白太(皮に近い方)の色が全然違って、また個体による色の違いが結構あって、同じ杉でもかなり風合いの違うものが生まれたりします。杉に比べるとヒノキは見た目が均質で、そういった意味では品質が安定するので助かります。
― KUMINOは、どういう人に遊んでもらいたいとお考えでしょうか。
シンブルな形をしていますので、すべての年代で遊べるおもちゃになると思っていますが、やはり子どもの時に遊んでもらいたいですね。子どものときに杉やヒノキでできたKUMINOで遊んで、楽しく遊んだ思い出や、香りや手触りを覚えてもらい、大きくなったときに「杉やヒノキを使いたい!」と思ってもらえると、はじめに触れた林業活性化につながりますから。
― 井上さんご自身でKUMINOを携えてワークショップなどをやられているそうですね。
どのような年齢の子どもたちが参加されているのでしょうか。
幼稚園世代〜小学校低学年の子どもというのは面白いもので、見るなり駆け寄ってきます。一通り触ったりした後に、普通の積み木として遊ぶ子もいれば、溝同士を組み合わせて遊ぶような子もいたりと、個々に自由に遊んでいきます。
小学生でも高学年以降になると、見本がある方が遊びやすいようです。フォトブックの見本を置いておくのですが、それを見て熱心に真似てカタチを作る事が多いです。親子連れで、子ども一人ではちょっと組み合わせが複雑な物だと、お父さんが手伝って「お父さんすごい!」みたいなこともあります。
小学生までに限らず、中学生、さらにはイベントの手伝いをしてくれる大学生までも熱心に遊ぶ姿が見られます。
買った方から「家では子どもよりもお父さんの方が遊んでいます」という話を伺ったことがあります。実際、僕自身がいろんな作例を楽しみながら考えていますので、大人でも十分楽しめます。
先日、老人会にKUMINOをお貸ししたのですが、作り方の冊子を見ながら、みなさん熱心に遊ばれていたそうで、子どもからお年寄りまで、あらゆる世代の人たちがKUMINOを楽しんでいます。
― KUMINOの今後の展望についてお聞かせください
KUMINOは、一種類のシンプルな形でありながら、「組む」という構造を作る上で本質的な要素を持った、イノベーションを起こしたつみ木です。日本の代表的な建築素材である杉やヒノキを使い、大工の技術から発想した、日本生まれのカタチです。これは、日本を代表する積み木になると確信しています。

KUMINO には、森と人との新しいつながりを作る存在でありたい、という願いを込めています。木材の特有な性質として、育った土地が必ずある、ということが言えます。KUMINO を通して、地域や山に関心をもてるようにしたいと考え、全てのピースに木材の産地を刻印しています。様々な地域の山の木で、ゆくゆくは47都道府県の木材で作り、木の物語と共に、各地の風土の物語も届けたいですね。

それを、例えば、KItoTEto版KUMINOでは東京おもちゃ美術館に関連のある地域(姉妹おもちゃ美術館、ウッドスタート宣言自治体、木育サミットを行った地域など)の材でつくり、その地域の物語と合わせて届けることが出来たら面白いと思います。KUMINOは1セット14ピースですが、2ピースずつ違う産地の材がマルチパッケージになっていたり。

各地の材で作ったKUMINO で色々な地方に関心を持って、その故郷の地域を訪れるような事があると良いですね。

様々な地域の山の木で作ることが出来たら、それを海外に販売して、世界中の人に日本の樹木や文化を紹介したいとも考えています。

また、これは研究中なのですが、広葉樹版KUMINOの研究をしています。広葉樹は基本的に杉・ヒノキと比べると更に重いので、適する寸法から模索しています。多樹種国家と言われる日本の樹種数は、ヨーロッパに比べて6倍程度あると聞いています。KUMINOのサイズがとれる、日本中の木で作っていくことができたら面白いだろうと思っています。多様な広葉樹と、その地域ごとの生活文化と、合わせて物語が届けられるような展開ができればと考えています。
― 最後の質問です。井上さんにとって、おもちゃとはどんな存在でしょうか。
おもちゃというのは、コミュニケーションのツールではないかと思っています。
コミュニケーションと言っても「自分と他の人」だけでなく、それに触れたことで、「自分の知らない自分に出会う」ということもあります。存在と存在をつなぐ、カタチのあるコミュニケーションの媒介ではないかと思います。

PRODUCTS